血圧測定の話 その③ 〜仕事量から考える心臓への負担〜

血圧

両手に文献を抱えたまま素直に白波は座り続けている。まるで忠犬のようだと山吹は思う。

白波 百合
白波 百合

連日先輩に教わって、なんだか頭が良くなった気がするっすよー。

山吹 薫
山吹 薫

何をいきなり・・・

白波はふふんと鼻を鳴らす。まだ基礎の”き”も教えていないというのに、と山吹は頭を抱える。前に教えていた子とはまた全然違うタイプである。
純粋培養された無邪気さは本当に成人しているのかと呆れてしまう。

山吹 薫
山吹 薫

ほう。それならば脈拍の測定をしてみようか。

白波 百合
白波 百合

先輩のをっすか!?

山吹 薫
山吹 薫

自分のをだよ。

白波 百合
白波 百合

そうっすよね。先輩は脈が無さそうっすもんね。

いいから早く。と山吹は言う。白波は人差し指から三つの指で手首に触れる。

白波 百合
白波 百合

こうっすよね?

山吹 薫
山吹 薫

そうだな。それで今、何を測定していてこれから何を考える?

白波 百合
白波 百合

脈拍っす・・けど、そう言ったらまた嫌味を言われるっすね。えっと。

山吹 薫
山吹 薫

(はたして自覚しているのか無自覚なのか・・・)。

白波 百合
白波 百合

心臓から拍出された血液が血管を押し広げる数を測定しているっす。

こんな感じっすか?

山吹 薫
山吹 薫

今まで習った言葉でどうぞ。

白波 百合
白波 百合

えぇと、一回拍出量ですかね?その数を1分間測ってるっす

山吹 薫
山吹 薫

それは何という?

白波は目を丸くして首を傾げる。良い所までいってたのにと山吹は項垂れる。

山吹 薫
山吹 薫

心拍出量だね。測定したのは血圧と脈拍だけど、これでようやく
心拍出量について考えることができる。

白波 百合
白波 百合

ほぉ。でもなんで一回拍出量だけじゃダメなんすか?血圧測定だけではダメなんすか?一回の負担が大きいと?

山吹 薫
山吹 薫

もちろん。測定することに意味はあるよ。それは専門医にお任せするとして、僕らとして大切なリハビリに絡めて考えていこうか。

白波 百合
白波 百合

ようやくっすね!

それはこっちのセリフだよ。山吹はその言葉は飲み込んだ。

山吹 薫
山吹 薫

ここで”ダブルプロダクト”もしくは”心仕事量”という言葉が出てくる。国家試験対策中に勉強したと思うけど覚えているかい?

白波 百合
白波 百合

あ~確かにどこかで見たことがあるっす!

山吹 薫
!山吹 薫

目撃情報は置いといて、まぁこれは収縮期血圧と心拍数の積で
求められる。

白波 百合
白波 百合

・・・・ん?でもそれは心拍出量じゃないっすか?

山吹 薫
山吹 薫

そうとも言えるし、こればっかりは目的と手段と視点の違いかな?
あと測定方法の違いもあるし詳しくは・・・。

白波 百合
白波 百合

あー・・・今聞くと頭パンクしそうなんでざっくりお願いします。

気持ち良く話し始めようとする山吹を、白波は片手を前に出して制する。

山吹 薫
山吹 薫

・・・つまり、心臓の仕事量、心負荷と言い換えても良いかな?
それを考えるには今測定した血圧と脈拍が必要になってくるんだよ。
あくまで指標としてね。ただし!あくまで考える事が出来るだけで、厳密に言うとまた別の検査結果の理解が必要になるので、それはまた今度の機会にね。

白波 百合
白波 百合

・・・? 心臓がどれだけ動いているかってことっすか?

山吹 薫
山吹 薫

そう”どれだけ動いたか”だね。そして”どれくらい動いているか”も
必要だよ。言い換えるなら”量と頻度”ってこと。

それでは白波君!君が喉が渇いたとする!!

白波 百合
白波 百合

喉は渇いていないっす!!。

山吹 薫
山吹 薫

喉が渇いたとする!そういう時に大きなコップに水があればその乾きはコップ一個で乾きは癒せるね?
じゃぁやたら小さなコップしかなかったら?

白波 百合
白波 百合

・・・・何度も口に運ぶっす。

山吹 薫
山吹 薫

そうだね、量と頻度の関係はそんなもんだ。君が組織の末端の一つの細胞として、酸素不足や栄養不足に喘いでいるとして、、、
それをどうする?そしてそれを心臓の仕事量に置き換えると?

白波 百合
白波 百合

言い方ってもんが・・・・一回拍出量が少ない時には脈拍が上がって
量と頻度でカバーするってことっすね。

山吹 薫
山吹 薫

そうだね。つまり血圧がいくら一定でも脈拍が異常であれば、心臓の
仕事量は異常であるという事だね。そして、僕らが相手する高齢者が
良く飲んでいるお薬はなんだろう?自分の親に置き換えても良い。

白波 百合
白波 百合

血圧のお薬っす・・・・ってことは!。

白波の姿勢がピンと良くなる。山吹には頭に耳がうっすら見える。

山吹 薫
山吹 薫

言うまでも無いことだけど、薬効には種々あるし、それでも運動負荷での反応は健常人とは遥かに違う応答を示す。測定された血圧が正常でも心臓にとっては異常かもしれないんだ。そしてこれから先は言わなくてもわかるね。
そして何度も言っているが、これはあくまで考えること、想定することが出来るだけで、厳密に言うと定義はまた別の所にあって・・・

 

調子よく話し続ける山吹は頭を垂れて急に静かになった白波に気がつく。

白波 百合
白波 百合

・・・確かに何も見れてませんでしたね。先輩の口ぶりからするとまだ全然解って無いですし、
本当に『それだけ!?』って言われるはずっスね・・・。

白波はそれだけ言うと黙り込む。山吹は何度もメガネの位置を直している

山吹 薫
山吹 薫

いや・・・でも、他にも考えることも沢山あるし、僕だってまだまだ未熟だ。解釈だって謝ってるかもしれないし、だけども知らないよりは良いとは思う。

白波は俯いたままだ、山吹は前髪を何度も直している。

山吹 薫
山吹 薫

勉強しない不届き者は沢山いる。だけども君はちゃんと話を聞いて勉強しているじゃないか、十分に偉いじゃないか!。

山吹は落ち着かない。泣かれでもしたらどうしようか。

落ち着かない山吹が再び白波に視線を移すと、へっへっへと不気味は笑い声が白波から響いてくる。

白波 百合
白波 百合

まぁ、君にしては良い線を行っているが、健気な乙女を慰める言葉
としてはまだまだだね。

山吹の声色に似せて白波は勝ち誇ったようにそう言った。

山吹は無言で白波に背を向ける。その後、何度も白波が声をかけたが、こちらを振り向くことは無かった。

白波百合のノート④

・ダブルプロダクトは収縮期血圧×心拍数で心臓の仕事量

・心拍出量は一回拍出量×心拍数

・一回拍出量や収縮期血圧は量、心拍数は頻度。二つは互いにフォローして需要に応える。 

・バイタルサイン測定の中で予測は行えるが、あくまで定義は別の所にある。←これについ 
 てはまだよく分からない。

・ちょっと先輩に悪いことをした。


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